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守る会の歴史

1955(昭和30)6~8月

   西日本一帯で人工栄養児に原因不明の奇病が集団発生

同年8月24日

   岡山県衛生部、奇病の原因が森永乳業徳島工場製のドライミルク飲用によるひ素中毒と発表

同年9月

   「森永ミルク被災者同盟全国協議会」(全協)結成

1956(昭和31)年4月

   「全協」解散

同年6月

   「岡山県森永ミルク中毒の子供を守る会」結成

1962(昭和37)年8月

   「森永ミルク中毒のこどもを守る会」と名称変更

1969(昭和44)年10月

   阪大丸山博教授ら「14年目の訪問」公表

   日本公衆衛生学会で「森永ひ素ミルク中毒患者に後遺症」を発表

同年11月30日  

   被害児の親たち、全国で再結集

   「森永ミルク中毒のこどもを守る会」全国組織発足

1972(昭和47)年1月

   森永ミルク中毒被害者の会結成(「太陽の会」)

同年8月

   守る会全国総会で「恒久対策案」を作成

同年9月

   森永ミルク中毒被害者弁護団結成(団長 中坊公平)

同年12月

    守る会、民事訴訟と不売買運動を決定  

1973(昭和48)年10月

   守る会、厚生省、森永による第1回三者会談

同年11月

   徳島地裁、差し戻し刑事裁判で森永有罪に

同年12月23日

  第5回三者会談で「確認書」締結

1974年4月25日

   財団法人ひかり協会設立。被害者救済事業が開始

同年5月

   守る会、民事訴訟と不売買運動中止の声明を発表

1982(昭和57)年10月

   守る会、森永による第1回二者協議。以後年2回開催

1983(昭和58)年6月

   守る会第15回全国総会で、会員資格を「親族及び被害者」とし、会の名称を「森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会」と改称

1988(昭和63)年10月

   太陽の会(被害者の会)解散総会。守る会へ

1993(平成5)年

   守る会、協力員活動についての長期的目標を提案

1995(平成7)年

   高野山で「三者」関係者による40周年祈念式典・合同慰霊祭

2002(平成14)年

全国本部役員が全員親族から被害者に替わる。

2003(平成15)年

   救済事業協力員活動の本格実施開始

2005(平成17)年   

50周年記念式典・合同慰霊祭実施

2011(平成23)年

ひかり協会が公益財団法人に認定される

2012(平成24)年

県事務所統廃合が実施される

2013(平成25)年

「40歳以降のあり方」が一部改正される。(2014(平成26年度)から実施)

2015(平成27)年

60周年記念式典・合同慰霊祭実施

ひ素の混入していたMF印のドライミルク缶

 

 # ひかり協会ホームページもご覧ください

    http://www.hikari-k.or.jp/

 

● 60周年記念冊子(還暦記念誌)500円で頒布中。お申し込みは、06-6371-5304(守る会 平松)まで。どなたにでもお分けします。

 

 

 

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