14年目の訪問

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14年目の訪問前夜

岡山県での孤立無援のたたかい

「全協」が解散すると各地の被災者同盟も消滅しましたが、唯一岡山県では、「岡山県森永ミルク中毒の子供を守る会」が親たちの親睦のための組織として残りました。その親たちは県に対して継続的な検診を要求したり、「母親大会」に代表を送り訴えたりしたが、世論が盛り上がることはありませんでした。ただ一つの光明は、岡山県内に協力的な医療機関が現れ、1967(昭和42)年に35人の被害者の集団検診が行われたことでした。その結果、被害児に多様な症状が発見され、後述する日本公衆衛生学会での論争における臨床的な裏付けとなりました。

一養護教諭の丸山教授訪問

大阪府の堺養護学校の養護教諭(大塚睦子さん)が仕事上の悩みを大阪大学医学部の丸山博教授のところに持ち込みました。その話の中で丸山教授から「ひ素ミルク被害児の訪問をやってみたら」と言われ、大阪府下の被害者24例を訪問し聞き取り調査をしました。丸山教授は他にも保健師らを指導して、親から直接に中毒児の様子やその後の成長について聞き取りをすすめていました。

「14年目の訪問」と公衆衛生学会での丸山報告

冊子「14年目の訪問」

丸山教授らは大阪府を中心とした67例の被害児の親たちからの聞き取りをまとめ、学内での検討会の資料として「14年目の訪問」と題する冊子を作成しました。その内容は、特に選んだわけでもないのに67例中50例に何らかの異常が認められ、うち7例は脳性神経症状があり社会生活に支障があると判断されるものであり、後遺症があるのではないかとの疑いがあると考えるのに十分なものでした。

朝日新聞のスクープ

丸山教授が記者会見をするという前夜にこの「14年目の訪問」の調査結果を受け取った朝日の記者は10月19日の朝刊1面を全部使った記事にまとめあげ、センセーショナルな報道をしました。これに端を発し、各マスコミでも大きく取り上げられるようになりました。森永にとっても「問題は再燃した」と驚きを隠せないほど衝撃的なものでした。

公衆衛生学会での丸山報告

1969(昭和44)年10月30日に岡山市で行われた第27回日本公衆衛生学会において、丸山教授らは「14年前の森永MF砒素ミルク中毒患者はその後どうなっているか』と題して被害児67例の追跡調査結果を発表しました。

すでに新聞やテレビで報道されていたため、多くの報道陣と被害者の親たちが見守る中で行われました。この発表に対し、「後遺症はない」と主張したのが事件後に治癒判定基準を作成した西沢教授でした。西沢教授は、親が語ったことを書き留めただけのもので信用できないと主張しましたが、岡山で被害者検診を行っていた医師が、専門家の目から見ても中毒児には異常が見られるとスライドを使って反論しました。

 

<「守る会のたたかいと恒久対策案」に続く>

公衆衛生学会で意見を述べる丸山教授(左:毎日新聞提供)

 

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