全国協力員研修会議2014

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2014年度全国協力員研修会議の報告

守る会は、救済事業を受けるだけでなく、仲間同士で支えあう活動にも取り組んでいます。その代表的な活動が救済事業協力員活動です。

ひかり協会事業として位置づいている協力員活動ですが、守る会は組織として全面的に協力しています。このたび、全国の活動を交流しあうとともに、新しい活動内容について研修し、意思統一するために全国協力員研修会議が開催されました。内容も運営も守る会が積極的に担当しました。また、長年協会事業に協力くださっている専門家の講演もいただきました。

ひかり協会の責任でまとめられた「報告集」が作成され、関係者には配付されました。守る会としても主体的に取り組んだので、ここに内容の報告をします。(正式な報告集 ー右写真ー は、ひかり協会現地事務所から協力員の方全員に配付されています。)

       報告集

全国協力員研修会議開催要項

2014年度全国協力員研修会議開催要綱

2014224

公益財団法人ひかり協会

1.開催日時

2014913日(土) 13001730

14日(日) 90014:30

 

2.開催場所

チサンホテル新大阪

大阪市淀川区西中島6219 新幹線新大阪駅から徒歩4分

TEL 0663025571

 

3.開催の目的

       「あり方」の見直しに伴い、新しい「自主的健康管理の援助要綱」が作成され、「協力員制度要綱」も改正された。2014年度は、それらに基づく新たな協力員活動が開始される年である。

    そのため、全国の協力員が、新しい「自主的健康管理の援助要綱」及び改正された「協力員制度要綱」について正しく理解し、ブロック年次計画の作成・実施にも関わっていくことが重要である。

2005年に実施した前回の全国協力員会議は、参加者が豊富な経験を持ちより、それを基にした積極的な交流を行い、その後の現地での活動に生かす取組につなげるという大きな成果をあげた。そうして、「第一次10カ年計画」の自主的健康管理の援助事業の推進にとって大きな貢献をした。

今回の全国協力員研修会議は、これまでの実践を持ち寄り交流するとともに、新しい呼びかけ活動や自主的グループ活動、健康懇談会などに取り組む「連帯して健康を守るネットワークづくり」についての理解を深めることによって、「第二次10カ年計画」中の協力員活動を一段と活性化し救済事業全体の発展を図ることを目的とする。

 

4.出席対象者

    現地で協力員活動の中心になっている守る会会員をはじめ守る会全国本部役員、協会事務局職員の中から出席者を選定する。また、理事・監事も傍聴することにより、協会全体で協力員活動を支え、今後の協力員活動の発展につなげる。

(1)救済事業協力員(45名)

ブロックごとに人数を割り当てる。

関東3名、東近畿7名、西近畿8名、東中国6名、西中国6名、四国8名、九州7名。この数に基づき、ブロック二者懇等で都府県ごとの人数を決める。出席者の選定にあたっては、現地二者懇で今回の研修会議の目的等を十分に論議して行う。また、都府県の取組を代表して報告することや議論に参加することができ、かつ守る会活動に反映できる人が含まれるようにする。

(2)守る会全国本部四役(5名:常勤理事3名を除く)

(3)理事・監事(11名:守る会推薦監事を除く)

(4)事務局(10名:センター長、業務部長、業務部担当者2名)

(5)講師(1名)

合計72名の規模を予定する。

 

5.日程

1日目(9月13日) 1300開始

 《全体会》

 挨拶

基調報告  

 講演                                  

本部専門委員、医師

広島県地域救済対策委員会委員長   齋藤紀先生

実践報告(2都府県)          

各都府県県本部発言(17都府県)                                 

実践報告する都府県を除く都府県の協力員

1730終了

ー 夕食 ―

 

2日目(9月14日) 900開始

《分散会:3分散会に分かれる》

報告

討議交流

 

― 昼食 ―

《全体会》

分散会報告                   

守る会都府県本部からの発言

まとめ

挨拶

1430終了

 

開会挨拶             守る会理事長  桑田正彦

 

全国協力員研修会議の開催に先立ちまして、守る会を代表して御挨拶申し上げます。

前回の会議が2005年度と9年前であること、今般、救済事業協力員制度要綱が改正され、検診受診・事業参加の勧奨や「私の健康設計」を活用した健康づくりの話題交流等、仲間としての「呼びかけ」活動を中心にした新しい協力員活動がされていること、従来の協力員活動の締切が年度末だったものが、9月末と大幅に前倒しとなったこと、協力員一人当たりの担当被害者数を9名以内としたことなど、大きな設計変更があったことを踏まえ、守る会は協会に本研修会を協会事業として開催するよう要請しました。

救済事業協力員の殆どが守る会会員であり、個々の協力員は自分の担当するアンケート①対象者に直接呼びかける立場にあります。協会事業の紹介・参加を促すことを通じ、非会員の対象者には、併せて守る会活動の紹介や参加を呼びかける機会をもつことが期待されています。20132月末に厚生労働省通知の改正がなされ、障害のある被害者だけでなく、障害のある被害者以外の被害者も対策対象者名簿に登載できるようになりました。守る会は被害者対策対象者名簿に名前を載せる取組を行っています。この取組は、事件の風化防止とともに、高齢化に備え健康を守り行政施策を利用しやすくすることを目的とするものです。即、実効性を期待するのではなく、行政との懇談会等を通じて、協会と連携して日頃の地道な取組を積み重ねていくことが大切です。

本日と明日の研修会には、各都府県の協力員が45名、守る会四役8名、協会理事監事及び事務局会議のメンバー16名、本部専門委員1名の総勢70名の参加を得て、盛大に開催されることとなりました。なお、1日目、基調報告をされる塩田さん、2日目、まとめをされる前野さんは協会常勤理事としての立場と守る会四役としての両面でお話しされますことを、予め御理解願います。

今般、大変御多忙の中、協会本部専門委員であり、広島県地域救済対策委員長である齋藤紀先生には遠路、大阪まで出向いて、貴重な御講演をいただきますこと、感謝いたします。

実践報告をされる山口県の秋枝睦子さん、香川県の畑満さん、準備等大変だったと思います。話したいことは山ほどあると思いますが、所定の15分の時間を守っていただければと思います。

また、各都府県本部発言される17名の方々、各都府県本部での活動状況・特徴・売りなど、4分程度と短いですが、簡潔に紹介していただけると感謝です。限られた時間ですが、話し残したことや、聞きたいことなどは、夕食後の交流の際、親交を深めていただければと思います。

2日目午前は3つの分散会で、テーマA「新しい協力員活動にどう取り組んでいくか」、テーマB「連帯して健康を守るネットワークづくりをどう進めるか」という2つの課題について、活発な御議論、意見交流を期待しております。守る会四役が司会を務め、協会理事及び事務局会議のメンバーは原則的には発言せず、協力員の皆様の貴重な討議を拝聴し、今後の協会事業に生かしていきたいと思います。昼食をはさんで、午後は全体会で各分散会の報告及び質疑応答となっており、他班の検討を簡潔に聞ける充実した内容となっております。

最後に守る会の要請を受けて、御多用の中、全国協力員研修会議の準備に当たられた協会事務局の方々、ありがとうございました。盛会を祈念し、開会の御挨拶とさせていただきます。

全国協力員研修会議基調報告(守る会塩田隆事務局次長・協会常務理事)

基 調 報 告

1.救済事業協力員活動の背景

(1)背景①―運動の担い手は親から被害者へ

2000年、私たちが4546歳の頃、それまでの「健康と生活」実態把握調査から救済事業協力員活動へと大きく変わりました。それから14年経ち、今年度から新たな協力員活動へと足を踏み出しました。

まずは、協力員活動が生まれてきた背景を考えてみたいと思います。

ひとつめの背景は、「運動の担い手が親から被害者へ移ってきたこと」です。

親の時代の運動や活動の原動力は、こどもへの深い愛情であり、幼いいのちを守る責任感であったことは、容易に想像できます。しかしそれだけではない、何か違ったものもあるように思います。ひ素の入ったミルクを飲んで弱っていくわが子に、「少しでも元気にしなければ」と、嫌がるこどもに無理やり飲ませて、その結果障害を重くしたり死なせてしまったり…。いわゆる「こどもに対する負い目」です。原告団長だった中坊先生が被害者を訪問して、「他人を責めるより自分を責めることが、むしろ解決であり慰めであることが分かった。『乳の出ない女は母親になる資格がなかったのです』という声すら出された」と、後に語っておられます。これほど悲痛な負い目は、やはり森永ひ素ミルク中毒事件ゆえの特徴であり、本当にあってはならない悲劇だと思います。したがって、親の時代は「自分の命を削ってでもこどもの命を守る」という闘いの時代でした。

今は被害者が中心になり、その原動力は「被害者としての連帯感、仲間意識」が中心になっているのではないでしょうか。我々は被害者の親ではありません。「親と同じような気持ちで活動しろ」と言われても困ります。しかし親にはできなかった、仲間としての双方向の関わりがここにはあります。仲間づくりが重視される時代になったからこそ、協力員活動が生まれたのも当然かもしれません。これからも、「仲間同士のつながりづくり」が重要な活動の柱になり、協力員活動もそういった、仲間づくりの視点から見ていく必要があると思います。

仲間づくりについて僕のつたない経験からではありますが、3つの「あい」という話をします。仲間づくりの3つの段階と言ってもいいかもしれません。

ひとつめの「あい」は、「出あい」です。同じひ素ミルクを飲んだという仲間としての出会いは、驚くほどすぐに打ち解けられます。そして何度か話しているうちに、あるいは交流会や健康懇談会などで一緒に活動しているうちに、「あの人がいる」と思うだけでほっとできたり、心から楽しめたり…。利害関係もなく、ありのままを認め合う、というのが2つめの「認め合い」。そして最後の段階は、「助け…られ…あい」。「助けあい」でもいいのですが、「助ける」ことに重点を置いて仲間を見てしまうと、一方通行に陥り易くあまり長くは続きません。「助けられている」と感じるとき、「ありがとう」という気持が湧きます。今度は自分ができる範囲で「助けよう」と思います。何かあったとき「助けて!」と声を上げ、それを受け止めてくれる仲間たちがいるということだけでも、本当にありがたいものです。これらはすべて、守る会の仲間や障害のある仲間から学んだことばかりです。

協力員活動でどこまでできるかは分かりませんが、少なくとも”出あい”づくりは協力員の役割かもしれません。

 

(2)背景②―「三者会談方式(ひかり協会方式)」

協力員活動のもうひとつの背景に話を戻しましょう。

それは、「三者会談方式」です。皆さんご存じのとおり、その内容のポイントは、「一時金(賠償金)ではなく恒久救済の道」を選択したこと、「三者会談確認書」に基づいて恒久的に救済事業を実施すること、三者が信頼関係をもって定期的に話し合いの場をもつことなど、今までになかった救済事業の方式です。「三者会談確認書」は、法的な拘束力も判決という司法の強制力もない三者の約束ですから、三者が誠実に責任を果たしていくことが重要です。たとえば、「国は行政協力を約束し、森永乳業は被害者救済のための費用を含む一切の義務を負担する」としています。一般的にはここまでですが、確認書はそれだけにとどまらず、「被害者は被害者の立場で被害救済に協力する」と書かれているのです。協力員活動というのは、まさに守る会の組織的な協力の代表的な活動なのです。

 

(3)協力員活動に対する内外の評価

「三者会談方式」による恒久救済は、「恒久対策案」に掲げた「公害被害救済の新しいパターン」そのものです。その中でも、協力員活動のような被害者同士が仲間として支え合うような活動は、森永の被害者救済事業にしかありません。「14年目の訪問」に関わってくださったある保健師さんは、「協力員活動はまさに『優しさを届ける活動』であり、世界的にも類を見ない画期的な活動なのだから、WHO(世界保健機構)に報告すべき」と、高く評価してくださいました。

また協力員活動は、守る会のめざしてきた人道的かつヒューマニズムにあふれる活動でもあり、専門家の協力や社会からの支持も得られる、誇るべき取組であることは間違いありません。

 

2.協力員活動の2010年までの到達点(第一次10ヵ年計画の総括)

(1)協力員活動の到達状況

第一次10ヵ年計画中の協力員体制については、年次計画の当初(20034)393名でスタートしましたが、守る会の協力や事務所の粘り強い取組によって、年次計画の終了時(20113)には587名と大幅に増員され、現在(20143月)では636名に達しています。

毎年の協力員活動の積み上げは、協力員と担当被害者の信頼関係を築き、仲間としての連帯感を深めていきました。それによって、救済事業の対応を必要とする被害者の早期把握も進み、協力員から事務所への連絡によって迅速な対応が可能になりました。

他にも健康懇談会の企画・運営や自主的グループ活動の活性化など、協力員が中心になって取り組み、協力員同士のつながりも強くなり、「連帯して健康を守るネットワーク」の基盤が形成されてきたと言えます。

 

(2)今後の課題

今後の課題もあります。定年退職を迎え社会との関わりが急速に減っていくなか、“ともに健康を守り合う取組”や“一人ぼっちにさせない取組”が重要な活動になっていきます。仲間による関わりのなかで支え合う活動を、楽しく少しでも長く続けていくことが大切だと思います。

このように高齢化を迎える様々な課題からも、改正された「あり方」に基づいて新しい「自主的健康管理の援助要綱」や「救済事業協力員制度要綱」の改正案が作成されました。そのなかで新しい協力員活動の姿が示されています。

 

3.新しい協力員活動

(1)第二次10ヵ年計画に基づく自主的健康管理の援助要綱

目的は、「被害者が健康の主体者として健康目標を持ち、連帯して健康づくりに取り組むなど、自主的健康管理の向上が図れるように援助すること」としており、具体的目標としては、「検診受診や事業参加を促す『呼びかけ』活動を重視し、『連帯して健康を守るネットワークづくり』に重点を置いた活動を進めること」としています。

西中国ブロックでは、自主的健康管理の年次計画を「新ひまわりプラン」と名付けて、守る会や協力員自身が作成に関わっています。

 

(2)救済事業協力員制度要綱の主な改正

主な改正点のひとつは、協力員と対象被害者との信頼関係ができつつあるなかでそれをさらに進めるために、2年に一度「おたずね(報告)」を提出する「おたずね」活動(実態把握の要素が大きかった活動)から、仲間としての声かけを重視する「呼びかけ」活動に重点をシフトした点です。実態把握については、節目の年に別途検討することにしています。

これから重要になる自主的健康管理には、健康意識の向上が不可欠ですが、そのためには仲間として健康を気遣う声かけ(健康状況を尋ねたり検診受診を勧めたりする呼びかけ)や、健康について考える場である健康懇談会・自主的グループ活動等への事業参加を促す声かけが重要になります。

また「呼びかけ」活動のときに、「私の健康設計」を使って話題交流することが提起されています。「これから10年間、自分のためにどんなことがしたいですか。夢や楽しみを考えてみませんか。そのためには、健康目標をもつことも大事かな…」などと、仲間として交流することが大切です。

西近畿ブロックに「ひかりダイエット会」という集まりがあって、そこでの健康目標というか合言葉が、なかなかユニークで楽しいので紹介します。「今年は、ふ(冬に)・ふ(ふっくら)・ふ(ふとらない)」「健診結果は、ラブレター フロム カラダ~♪ 健診結果を見るのが嫌だったり、怖かったり…。でも健診結果は“カラダからの手紙”と思えば、愛おしくて、“ありがとね”と感じます」など、真面目にワイワイ言いあっているようです。

こうした肩肘張らない仲間としての「呼びかけ」があることで、「一人じゃない」と感じてもらえるかもしれません。自分の不安を聴いてくれることでホッとする人もいるかもしれません。それだけでも大きな意味があると思います。

会報「ふれあい」第147号の「教えて團先生」のなかで、團先生が言います。「たくさんの被害者が健康目標をもって励ましあいながら健康づくりに取り組んでいく。そんなつながりこそが『連健ネット』そのものなんじゃ」。まもるくんも「『呼びかけ』活動や、健康懇談会・自主的グループ活動なんかで、ワイワイ言いながら仲間同士で健康を守り合う。楽しそうだし、とってもすごいことだと思う」と感心してくれているようです。

 

4.これからの協力員活動

(1) 仲間同士で支え合う―2つのネットワークに仲間として関わる

さて、これからの協力員活動ですが、皆さんの創造的で楽しい活動に委ねられています。被害者仲間から相談を受けたり、「助けて!」と発信があったりしたときに、協会につなぐことが基本ですが、仲間同士で受け止め支え合う場が地域にあることも大切です。地域ごとの協力員がまず仲良くなって、健康懇談会や自主的グループ活動を使って、「安心できる居場所」をつくってみる。もちろん自分たちだけで全部引き受けるのではなく、地域の社会資源を活用する方法もあります。

今まで話してきた「呼びかけ」活動を基本とした「連帯して健康を守るネットワーク」、そして「ふれあい活動」など、障害のある被害者との関わりがつくるネットワーク。障害のある被害者にとって仲間の訪問は、大切な「地域の支援ネットワーク」なのです。これら2つのネットワークに仲間として関わってみてはどうでしょう。

それらの関わりのなかで、新しい発見があったり、生き方が少し豊かになったりするかもしれません。

東近畿ブロックで「二次障害実態調査に関する懇談会」があり、そこに守る会の役員さんも参加し、最後にこんな感想を言われたそうです。「被害者同士が支え合っていくことを、中心に据えて活動していきたい。障害のある仲間から学ぶこともたくさんある。協力員としても人とのつながりや見守りを少しでもやっていけたらと思う。被害者であったことをマイナスに思わないで、結果プラスにしていきたい」と…

 

(2) 仲間と自分らしく楽しく生きる―関係性のなかで生きる

ご高齢の方に「何が辛いか」と尋ねると、「体の具合が悪いこと」と並んで出されるのが「一人ぼっちで寂しい」という孤独感です。これは、「今まで会社に行って毎日人と関わっていたのに、今はどこにも行くところがない、誰かの役に立っているという実感もない」という社会との関わりの希薄さからだったり、本当に周りに誰もいない状態からだったり…。

けれど幸せなことに、私たち被害者には仲間がいます。そんな仲間たちが集う場に「おいでよ」と声をかけ、「体の調子はどう?」と心配し、たくさんのつながりをつくることが、「呼びかけ」活動でできるのです。今後高齢期を迎えるに当たって、仲間たちの存在は、孤立という暗闇に陥らないようにするための、大事な支えになると思っています。

また、障害のある被害者仲間も懸命に生きています。その生活や思いに触れたとき、逆に励まされたり支えられたりするのはどうしてなのでしょうか。交流会やふれあい活動にぜひ参加し、その答えを確かめてみてください。

そして、これらの「健康を守り合い、一人ぼっちにしない・自分もならない活動」を、肩肘を張らずに、楽しくおもしろがって、長~く続けていくことが何より大事だと思います。

 

(3)「いのちを守りつづけること」―都道府県守る会の機関紙より

ある都府県の守る会の機関紙に、これからの活動について示唆に富む文書がありましたので、最後に紹介させていただきます。

「私たちは、障害のある仲間のことを思い、すべての被害者の健康を願い、これからの課題に連帯して取り組んでいこうとしています。被害者同士が連帯して取り組む、これこそ親たちの望んでいた『恒久救済の道』だと思います。私たち守る会は、恒久救済の原点となった『こどものいのちを守る』という思いを受け継いで、『自分のいのちを守り、仲間のいのちを守り続ける』活動に、ますます一致団結して取り組んでいきましょう!」

 

以上で基調報告を終わります。ありがとうございました。

 

基調報告をおこなう塩田次長

講演  斉藤 紀 先生(本部専門委員、広島県地域救済対策委員会委員長)

 

講演「恒久救済の課題を見つめて」

齋藤 紀(ひかり協会専門委員、広島県地域救済対策委員長)

 

ひかり協会との繋がりは、広島におりましたときに、私の病院の前院長であった田阪先生が救対委のメンバーでありまして、岡山の松岡先生等と一緒に原爆被爆の問題などの活動されていたかたです。私はその次の院長を引き継ぎ、救対の委員にさせて頂いて、25年ぐらい経過しました。

25年いた救対委という事も踏まえて考えると、改めて私の中で、「救済事業っていうのは一体何だろうか」と、少し研究してみたいという気持ちが起きてきました。したがって今日のお話は、守る会の大枠の中にはあると思っていますけれども、私の実験的な私見をまじえていると捉えて頂ければありがたく思います。

 

タイトルを「恒久救済の課題を見つめて」といたしました。先ほど言いましたように私は少し調べてみたいという気持ちもありましたので、色々な書物・文献を読ませて頂きました。

1955年に、ひ素ミルクの被害が発生しました。ご存じのように130名の子どもさんたちが亡くなって、その100倍に近い、12,000とも13,000ともいわれる方が被害に遭ったという事です。事件発生当時、全国協議会が結成されています。直ちにこういった協議会を結成した親の力はすごいことですが、色々な経過の中で、解散を余儀なくされます。いわば、屈辱の解散、でありました。しかし、14年目の訪問で「被害がまだ無くなっていない」という事が丸山先生によって報告され、一度解散した全国の被害者の組織は復活した。守る会の第1回総会が、同じ1969年に開催された。

その後三者会談の確認書が締結され、間もなくひかり協会が設立され、大枠の方向は定まったけれども、守る会の松山合宿の中で、理念や協会のあり方はどうなんだろうかという事がじっくり話し合われたという事です。

振り返りますと、この1955年から75年までの20年の中に、今日まで続く恒久救済の事業というものの骨格が定まったと言えるのかなと思います。この20年間、その時の先人は大変苦労して苦悩してきたわけですけども、ある意味で最短の時間の流れで、一つの方向づけをし切ったのは見事だと思います。恒久救済の理念と事業の創出を少し概観すればこんな形になるのかなと思っております。

 

さて、ひ素ミルクの被害の特性から見た恒久救済事業の特質を、私は3つにまとめる事ができるのではないだろうかと思っております。

1つは、事業の緊迫性です。喫緊性と言ってもいいかもしれません。それは何故か。既に分かりますように、生命の端緒における、全身の臓器の障害。これがひ素ミルク中毒の被害です。生命の端緒というのは、これから命が成熟し成長して発達していくということです。中坊先生は、異なる視点で述べられております。お母さんがミルクを飲ませ続けたという苦悩です。ミルク中毒事件というのは、人類にとって未知の出来事と言ってもいいと思うんですね。それは身体的な未知だけじゃなくて社会的な未知、どのような出来事が起こるか分からない。特に「生きる」自体を支えなきゃならないというご両親の苦悩や切迫感、非常に悩みの深い状況に突き落とされた事だと思うんですけども、その緊迫性を、60年経っても私たちは、しっかりと掴む必要があるんじゃないか。この緊迫性が無かったならば、あるいは緊迫性から出てくるエネルギーが無かったならば、恐らくもっと苦労した道になったのではないだろうか。今日まで運動が続いたとするならば、この端緒の緊迫性こそが、運動を促進させてきているという事じゃないかなと思います。

2つめは、共同性です。その障害を受けた子どもたちのいる社会は、昭和30年ですからまだ戦後10年です。東京オリンピックは昭和39年です。まだ右肩上がりの高度経済成長ではありません。日本の世の中がどうなっていくか分からない、日本国憲法は公布されましたが、どのように医療福祉が住民の元に着地するのが未決定と言ってもいい頃だと思うんですね。

私は広島で長く原爆被爆者との関わりを深くしてきましたけども、原爆被爆は194586日と9日、広島と長崎の市民が被害を受けた出来事です.広島と長崎で合わせて21万人が1945年の10月末までに亡くなりました。日本国憲法が47年、48年には我々のものになります。しかし日本国憲法下にあっても、この大事件に対して、一片の救済の法律もつくられませんでした。1957年に至って、初めて医療手当という法律ができました。日本国憲法下で12年間放置されたというのが、あの時代の日本だったんです。

そういう意味で言いますと、この小さな我が子がこの変転する社会の中で本当に生きていけるんだろうか、医療福祉行政もまだまだ手つかず、そうするとどうしても一人では生きられない。どんなに拳を上げても一人では生きられない。社会の多くの方の助けを借りなければ生きられない。専門家、研究者の助けも借りなければいけない。行政の助けも借りなければならない。あるいは憎かったであろう森永の助けさえも借りなければならない。確認書はそういう事なんですね。

そういう洞察しきった考え方で共同性っていうものを着地させなければならない。守る会を支えてきた先人たちは、ここに大きく悩んだと思うんですね。つまり共同性の考え方とは、悔しくても助けを借りなきゃ生きられない、助けを借りていきていこうという決意なのです。

3つめは、その被害がよく分からなかったということです。これからどうなるか分からない。身体的な被害だけじゃなくて、この子が小学校に入り中学校に入る、あるいは就職するという、社会的な活動の行く末においてどうなるか分からない。どういう不利益が出るか分からない。つまり研究をしないと分からない。身体的な不利益、社会的な不利益がどういうものであるか誰も分からないわけですから、直面した時に、その課題を解決する努力をしなきゃならない。研究をしなきゃならない。究明しなきゃならない。つまりこういった救済事業そのものの中に、未知の事に対して解決して調べつくして、その中から確かなものを掴んでそして皆との協力を得て前へ進むという究明性、共同性の闘いがどうしても必要になってくるだろうと。言葉にはなってなくとも、心の中では救済事業を担ってきた人たちは皆こういう事に突き動かされて、今日まで歩みを進めてきたのではないかなと思います。

 

さて、被害者のみなさんは60歳になります。医学的に言うと60歳の人体影響を考えなければなりません。そして救済事業としての課題を見極めなければならない。

1つは、知的障害者においてはどのような障害が出てくるんだろうか。もう1つは体幹機能障害者においてはどういう問題が出てくるんだろうか。そしてもう1つは、それ以外の被害者の、広く言えば内臓の障害として60年間の影響の蓄積はいかがなものだろうかと。その3点について絞って少し言及したいと思います。

 

1つめの知的・精神的障害者に関して、これまで実践を積み上げてきたことですが、健常者と比べて知的障害者にとって、糖尿病は一層手ごわい課題になっています。

協力員として色々お宅を訪ねて、糖尿病の患者さんがいらっしゃると、食事療法が基本ですと言いますね。しかし、知的障害者の方々にとって食事のコントロールが極めて難問です。それは、冷蔵庫に入ったものは何でも食べてしまうという事だけじゃなくて、知的障害者の持つ身体的な特性が、代謝を困難にさせているのです。代謝っていうのは、自分が意識して代謝を規定するだけじゃなくて、その方がどのような社会的な生活をしているか、どのような精神的なエネルギーを持っているか。つまりそういう社会的、心理的、精神的な活動の全てが、糖の代謝を潤滑にさせるバックボーンになるんですね。ですから、知的障害者が置かれた社会的な活動の負の問題が糖尿病のコントロールを難しくしている側面があると考えなきゃいけません。食事療法は基本なんですけどなかなか難しい。熱心な先生と巡り合って頂きたい。

現実にどうしても屈服する事が多い糖尿病治療だったんですけども、薬剤の進歩は著しいものがあります。そのうちの1つを紹介をしたいと思います。

糖尿病の治療は、インシュリンをすい臓から分泌されやすくするような薬、インシュリンが効きづらい体の状態を効きやすいようにする薬、食後の高血糖を防ぐ薬、それから最終的にはインシュリンを使って治療する。これらに加えて、この5年間の間に出てきたインクレチンという薬剤があるんですよ。こういう進歩が著しい薬が医療現場に入ってきました。糖尿病を専門にされている先生はこのインクレチンの治療に極めて注目し、活用し、その例数を多くし、血糖のコントロールを上手くしているケースをたくさん経験するようになりました。ですから日進月歩の糖尿病の治療を、よく熟知している先生に出会ってほしい。

私が医者になった35年前ぐらいはですね、やはり社会の意識もまだ低くて、薬剤の種類もまだまだ少なくて、糖尿病やってもなあ、治らないなあと、まだまだ社会の認識が少なかったんです。高齢な先生はまだそういう時代の認識を少し引きずってきているという事と、日進月歩の糖尿病の治療になかなかついていけない面があるんです。

私は、30代~50代の社会生活が旺盛な糖尿病の患者さんは、糖尿病専門医に任せてしまいます。それが治療が日進月歩している今日の糖尿病治療の実態なんです。ですから熱心な先生に巡り合っていただきたいとはそういう意味も込めております。

今までと違う薬剤があるので、これまで糖尿病でなかなか血糖のコントロールが上手くいかなかった方に大きな力を発揮する。だからしっかり受診してほしい。協力員さんは受診の勧奨を糖尿病においては今まで以上にやってください。そのために薬剤の進歩をちょっと触れました。

 

さて、二次障害ですけども、すでに1970年代から脳性小児まひとかポリオとかという原病だけじゃなくて、その方たちが20歳、30歳、40歳となってきた時に、原疾患に追加された体幹機能障害に苦しんでいるというのが報告されておりました。しかし、二次障害について社会と医療現場の認識が乏しく、専門に取り組む医療機関が少ないのです。こういった事が様々な文献の中で言われてきました。ひかり協会としては、2013年の41日から、14年の12月末まで、二次調査を滋賀医科大学の垰田(たおだ)先生にお願いして、実態調査を致しました。142人の方からご回答を頂いて、詳細な分析をした二次障害実態調査報告書を垰田先生から頂きました。

この中から、少しご紹介したいと思うんです。「この5年間の中で、体力の低下を感じますか?」と聞くと57%の方が「感じます」と。二次障害の主なものはやはり整形外科的な疾患を背景にしていますから、頭痛であったり腰痛であったり頚部痛であったり痺れであったりという事なんですけども、そういった事のトータルな表現として、体力の低下というものを理解する事ができます。その方たちにおいて、その体力の低下等々の訴えは「二次障害が今あると思いますか、そのせいだと思いますか」って言うと、57.7%が「自分は二次障害があって苦しんいでる」という風に答えています。つまり6割近い方が二次障害を自覚されています。そして、仕方ないと思っている人が、67.1%。ここですね、問題は。諦めているんです。仕方ないと思っています。

こういう整形外科的な兆候だけじゃなくて、尿が出ないっていう事も特徴の一つとして注目されています。この5年間で、約4割近い方が「おしっこが出づらい」って言うんです。これは色々調べてみなきゃ分かりませんけども、前立腺肥大症ではなく、神経的な機能が低下して、排尿筋をスムーズに動かせなくなるとか、様々な問題が絡んで尿が出にくくなっているのではないか。

で、その方たちの94%の方が「病院に通っている。かかりつけを持っている」ということです。しかしその6割の方が内科です。整形外科は約半分、一番肝心なリハビリ科は15.7%。このリハビリ科にしても、二次障害にきちっと対応できるリハビリ科かどうかは分からない。

被害者は原病、二次障害、そして様々な疾患を持っています。高血圧もあり、糖尿病もあり、皮膚のアレルギー疾患もあり、眼の病気もあり、様々です。1つのところで総合的に診てくれる質の高い総合医がいるならば救われるんですが、まだその時代は到来していません、日本は。そう考えると、医療機関のあり方の問題が見えてきます。

「今後の不安はどうですか?」と聞くと、とにかく障害が悪化していく事が一番心配だと。それから、内科的な問題も含めて、障害以外の変化、それから福祉、年金、医療、年金等に関して不安をお持ちです。先行きの事を考えるのは世の常でありますが、障害を136524時間持っている方においては、不安感は殊更のものがあるだろうと理解します。

各ブロックの事務所にはこの垰田先生の報告書が届いていると思います。問題提起が協会事務所になされたと考えております。

 

それと、昨今、西中国ブロックでは虐待の問題の事例を何例か経験をしています。この高齢化社会の中で虐待と言うと、高齢者の施設における虐待であったり、家庭の中での子どもに対する虐待であったりします。しかし被害者においては、やはり知的障害等を抱えて、身内あるいは後見人として10年、20

講演をされる斉藤紀先生

山口県本部の取組発表

 

 

実践報告1    山口県本部  A M

 

山口県の取組を報告します。

 

仲間づくりのために、まず連絡網の作成

山口は、協会に「おんぶにだっこに肩車」という状態でずっと過ごしてきました。ところが、統廃合が目前に迫り、連帯感のある仲間づくりを急いでやらなくちゃいけないという危機感を感じ、それで一番初めにしたのがこの連絡網づくりでした。連絡先も知らず、その人との会話もないような救済事業というのはないだろうなと考えたからです。

この成果は、今回の豪雨被害状況把握で現れました。これは本当にNHKにも勝るとも劣らないほど、全国で一番早かったと思います。その日のうちに被害の大きかった支部で仲間の安否の確認、それをリーダーに返して、リーダーが翌日には協会の方に「床下浸水が1件のみ」という結果報告をしました。色んな事にこの連絡網が使われて良かった、定着して良かったなって本当に思いました。

「おたずね活動」の中でも、何かの都合で「おたずね」ができなかった場合、協会に戻さず、別の協力員に「できなかったから、ちょっとやって」って回して、仲間内でその「おたずね」や「呼びかけ」をしていく、そんな時にもこの連絡網は役に立っています。

 

毎年ほぼ全員にふれあい活動

続いて、ふれあい活動ですけども、これは自信を持っています。山口はこれだけは本当に力を入れてきました。県内外の施設、在宅の障害被害者に対し、毎年ほぼ100%、全員にふれあい活動ができております。

なぜこれほど頑張ってきたかと言うと、過去に大きな後悔を味わったからです。交通費や日時の調整に手間取っている間に、施設入所している被害者が誤嚥で亡くなったり、急変による死亡が続いたりしたのです。その時に、自分たちの決断力の無さを反省し、このままじゃいけない、「たかがボランティア、されどボランティアだ」ということを確認しあい、それから私たちの中では、協力員活動と、ふれあい活動が活動の軸となりました。

この延長で、在宅の障害被害者と今年、プライベートの還暦旅行に行ってきました。在宅の知的障害者2名と私たち役員など4名、それで行ってきました。このエピソードを言いますと、最初、後見人のお兄さんと同居している障害被害者が、「僕は鹿児島に行きたい」と言ってきました。協会を通じて「そういう要望があった」とお兄さんに伝えたら、「家では物も言わない。そんな事を弟が言いましたか」となかなか信じてもらえませんでした。でも、それ以来、毎年のようにふれあい活動に行って、顔見知りになって、私たちが行くのを本当に楽しみにしてくれている被害者です。

 

大事なことは即やろう!対策対象者名簿の取組

続いて、対策対象者名簿へ名前を載せる同意書の取組み、これは神戸の全総での説明を聞き、これは今年の運動方針にしようと、帰りの新幹線の中で、役員と代議員で話し合いました。で、2週間後の県総会で運動方針に挙げました。塩田さんから生の声で、「私たちが歳をとったらこういう事もあるんだよ。そのためにこういうのが必要なんだよ」と。そういう説明を聞いたから納得できた。本当に「大事な事は即やろう」とスピーディーな動きをして、とても良かったと思っております。

90%の回収は、すぐでした。この時に携わってくれた、仲間の達成感、これは今後の私たちの活動に本当に役に立つと思っています。

 

還暦記念に万歩計の配付

4番目、協会のブロックの年次計画で取り組んでいる個々の健康づくり計画「ひまわりプラン」です。ブロックで10年前に健康のアンケートを取りました。そして、還暦を迎える今年、同じ内容で再び集約しました。広島と山口合わせて300名、回収率が何と90%以上という事で、どれだけ皆が健康に気をつけているのかという意識の高さに驚きました。一昔は、「何が欲しいか」といったら皆「お金が欲しい」って言ったと思うんですよ。でも今は、「お金も欲しいけど健康でありたい」というのが一番だと思います。

やっぱり10年前と今を比べたらずい分違う、そういう結果も出ております。山口として、これをどう活かすかという話になりました。

その一つとして、山口では、この度還暦の記念として万歩計(歩けない仲間にはデジタル時計)を、「山口守る会」というのを印字して配りました。渡し方も、協力員が、できる範囲で手渡しをし、協会職員さんにも訪問の時に渡してもらっています。さらに、お世話になっている救対の先生、職員さん、そういう方に同じものを共有してもらいたいという事でお渡ししております。

 

機関紙「ひだまり」と回覧板「幸せます」の活用

このひまわりプランを活かすために力を発揮したのが、次の機関誌「ひだまり」と回覧板の「幸せます」です。ある障害被害者が、全国本部機関紙「ひかり」の記事を読み「山口っていう記事が新聞に出てたよ。ご苦労さん」って言ってくれました。外出も難しくなっている人が、その山口という活字を喜んでくれた、それから毎回のように投稿するようになり、やがて、県の機関誌「ひだまり」の発刊となりました。当初、年2回カラーで、昨年より年3回発刊しております。

回覧板「幸せます」っていうのは、山口の方言で「助かります」「嬉しいです」という意味です。何かをやってもらったら「幸せます」と返す、そういう意味の回覧板です。第1号は「検診に行こう」という、シンプルに、「早期発見があなたの命をつなぎます」という文面で配布しました。これで検診に行った者もいます。

次回は旬の野菜の食べ方、「350gを食べていこう」という、相談員のアドバイスを載せていくつもりです。

(後略)

香川県本部の取組発表

実践報告2    香川県本部  H M

 

 こんにちは。香川のHと申します。

 お手元の資料の表紙のはがきの写しは、自主的グループ活動の軸となってくださっているMさんが参加者に送っているはがきです。今までに61回、毎回趣向を凝らして、心のこもった案内をされています。毎月そのはがきを楽しみに待っている方や、全部取っているという方もいます。 

3つの自主的グループ活動を柱に 

(Sさんに替わる) 

香川の自主的グループ活動の全体像ですが、大きくは3つの柱があります。まず1番目に、「親の話を聞こう」です。これは、午前中に実施します。これは、親から子へ、子から孫へ、被害者から後世の人たちへ語り継ぐという思いをこめて、継続的に実施しています。2番目が「健康ストレッチ体操」それぞれ、年に大体6回、2か月に1度くらいの頻度で実施しています。 

3番目に「健康ウォーキング」、これは年3回から4回くらいのペースで、「会員の方たちと四季を楽しもう」という趣旨で実施しています。当初は「ウォーキングで健康を維持しよう」という事だったんですけども、歳を重ねるとともに、健康のためというより、むしろ「一緒に時間を過ごす事によって、お互いの個性を理解し、相互の絆を深める」ことが目的になってきています。 

そして、先ほどの山口の方にはとても及びませんけれども、全体行事に参加できない仲間がおられるので、そういう方を年2回ぐらい、手分けして訪問しています。これが全体概要です。 

 

親から歴史を学ぶ取組とストレッチ体操 

(Hさんに戻る) 

それぞれについて、少し詳しく報告させていただきます。 

「親の話を聞こう」では、平成16年から、「守る会運動の歴史学習版」の読み合わせをしているのですが、「何で?」「どうして?」と脱線する事が多く、行ったり来たり、年表を見たりで、1冊終わるまで10年近くかかってしまいました。今は、「森永ひ素ミルク中毒事件―事件発生以来50年の闘いと救済の軌跡―」の読み合わせをしています。

 

初めは3人のお父さんが参加してくださっていましたが、今は伏見さんお一人になりました。でも半年くらい前から、Hさんのお母さんが参加して下さるようになって、母親の立場からの話も聞けるようになりました。

 

午後からは講師を迎えて「ストレッチ体操」をしています。午前中はお喋りをして、昼から体操と有意義な1日です。近頃は体だけではなく頭も使って、若返るよう頑張っています。 

 

ウォーキングで健康と仲間との絆づくり 

次は「ウォーキング」です。まず資料をご覧下さい。「まあ、いろんなところへよう行ったなー」という感じです。 

初めの頃は若かったので歩きました。山にも登りました。それで四国新聞にも載りました。新聞の写真がありますが、右側のN君は、ご夫婦で毎回参加して、どの写真にも笑顔で写っています。最初の頃は「集合場所まで2人で大丈夫かなあ」という感じでしたが、山道では皆に杖を作ってくれたり、人数分のお菓子を用意してくれたり、自分の町を案内してくれたりします。いつの頃からか、「無事家に着いた」と連絡してくれるようになり、お世話している方に心配をかけないという気遣いまでしてくれるようになりました。

 

また、もう一人の仲間は、誘うと返事はもう一つなのですが、黙って参加して、でも解散する時には「次はいつ?」みたいな感じです。口には出さないけど楽しみにしてくれているのかなと思います。

 

近頃は健康のために歩くのではなく、町巡り、歴史巡りなどが好評です。ガイドさんの話を聞きながらキョロキョロしているうちに、結構歩いていたりもします。お弁当を一緒に食べ、話し、笑い、そんな時間を過ごす事によって、お互いの個性を理解し、相互の絆も深まるのではないでしょうか。 

 

「作品づくりを教えてもらう」からスタートしたふれあい活動 

最後に、ふれあい活動について、高松の協力員のNさんの文を代読させて頂きます。 

―お母さんと2人暮らしのAさんは、私の「呼びかけ」の担当メンバーでした。近所の限られた場所にしか行く事ができず、サポートの方たちとの関わりの中で、治療を受けられていました。研修会や健康懇談会にはいつもお母さんが出席されていて、Aさんの姿は見られませんでした。そのお母さんも、ご高齢で、会でお会いする事も段々少なくなってきています。ひかり協会の職員の方から、日頃Aさんが折り紙制作や作曲などに取り組んでいる事を聞き、201210月、作品づくりを教えてもらう事をきっかけに、訪問する事になりました。

 

初めて会った印象は、明るくて、純粋さの残る姿でした。「訪問していく私たちをどう受け止めてくれるだろうか」「彼女が私たちと接した事で、精神的な負担を感じないか」など、不安を持ちつつ訪問しましたが、とても素直に受け入れてくれ、2年間に3度ほどの訪問でしたが、私たちの事を楽しみに待ってくれるようになっていきました。訪問した事で一緒に共有する時間を過ごし、お互いを知っていく中で、「友達なんだ」という実感につながって、Aさんには力となったのでしょう、時々電話もかかってくるようになりました。

 

昨年の交流会に「一緒に行こう」と誘うと、なんと「行ってみようか」の答えが返ってきて、実際に出席する事ができたのです。今まで限られた場所にしか行けなかったAさんが、ちょっぴりお洒落もして、皆の中で一緒に話をしながら、おいしいものを食べ、時間を過ごす事ができたのです。お母さんはもちろん、私たち協力員皆、出席できた事を喜び、Aさんにとって無理のない、居心地のいい場づくりを心がけました。後日、電話で様子を聞くと「疲れもせず、楽しかったわ」と、とてもいい印象を持ってくれました。ちょっぴり、前進かな?現在も電話のキャッチボールで色々な話をしています。Aさんにとって今のつながりが、今後の歩みに少しでも力となっていけるよう、これからも続けていきたいと思っています。

 

ふれあい活動のあり方も、その人の環境に合わせ、配慮しながら進めていく事が大切だと思います。これから歳を積み重ねていく私たち被害者にとって、心の支え合う仲間の大切さを強く感じたり、自分の人生も大切にしたりしながら、思うだけでも温かく生きていく力となるようなつながりになればいいなあと思っています。 

Nさんは本当に心の優しい方で、気長に続けていってもらいたいと思います。

 

自主的グループ活動、参加者が力 

最後に、「香川の自主的グループ活動が長く続けていけるのは、どうしてか」とお世話して下さっている松浦さんに聞いたら、ニコッと笑いながら「人が来て下さるから。参加者が力。人数です」と言われました。私は、何の会にしてもお世話して下さる方の事を思い、まずはできる限り、参加から始めようと思いました。そして今日も参加させて頂きました。ありがとうございます。

 

 

まとめ

守る会副理事長(協会事務局長) 前野直道

 

2日間、お疲れさまでした。

初日から塩田さんの基調報告、齋藤先生の講演、2県の報告、全都府県本部からの報告、そして2日目午前中は分散会、午後はこの全体会と息つく間もないスケジュールでした。さらに休憩時間や食事時間にも寸暇を惜しんで、他県の協力員さんと情報交換され、たくさんの成果を持って帰ろうとされているところではないでしょうか。

個々の皆さんにとっての成果もさることながら、全体として、「これまでの実践を持ち寄り交流するとともに、連帯して健康を守るネットワークづくりについての理解を深める」という全国協力員研修会議の目的を達成することができたのではないかと感じております。

さて、今後ますます協力員活動の重要性が増します。

例えば、被害者全員の自主的健康管理を進める上で欠かせない検診ですが、これまではいわば義務付けられていた職場検診は、退職によって自主的に市町村等の検診を受けるように変わっていくようになります。「邪魔くさいから受けなくていいか」と考える人もかなり出てくるのではないか。そういった人達に働きかける必要が出てきます。

また、年齢からすれば、生活面も健康面も大きく変化、おそらく悪い方へ変化していくのではないでしょうか。

このような被害者に呼びかけ活動をするわけですから、きっと時間もかかるようになったり、話の内容も込み入ったものになったりするかもしれません。すぐに協会に連絡しないといけないことも増えるでしょう。

だから、「9人以下に」「毎年呼びかける」「健康懇などにお誘いする」といったことを、改正した「協力員制度要綱」では強調しているのです。

しかし、これは、協力員活動をやりにくくするのではなく、むしろやりやすくすると思います。分散会の中でも、「これまで『おたずね』や『呼びかけ』で電話をしても、迷惑なのかすぐに電話を切られた人がいた。それでも根負けせず何年も働きかけてきた。そうすると少しずつ答えてくれるようになってきた。今年電話をしたら、『実は大きな病気をして・・』と、ご自分の方から次々と話され、これからもまた電話で話を聞いてほしい」といった経験が出されました。

私たちは、これまでと異なる年代、60歳代に突入します。社会生活も個人生活も健康面でも大きな変化を迎えます。楽しみもありますが、不安もあります。だから、皆で声を掛け合いましょう。齋藤先生のお話にあった「気にかける」「声かける」です。塩田さんの提案のように、「出会い、認め合い、助けられ合って」、ともに年齢を重ねていきましょう。

前回の2005年の全国協力員会議のあとから「はじめて自主的グループ活動やふれあい活動に取り組んだ」「協力員も増えて、活動が活発になった」「守る会会員も増やし始めた」という都府県本部が多くありました。この2日間の会議が、新たな活動の始まりとなるようお願いいたしまして、まとめの言葉とさせていただきます。

 

 # ひかり協会ホームページが再開されました

 

● 60周年記念冊子(還暦記念誌)500円で頒布中。お申し込みは、06-6371-5304(守る会 平松)まで。どなたにでもお分けします。

 

 

 

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