2017新春対談

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対談者

○郷地秀夫さん(ひかり協会本部専門委員長、兵庫県地域救済対策委員長、医師)

○桑田正彦さん(森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会理事長)  

 

桑田 明けましておめでとうございます。

郷地 おめでとうございます。

桑田 先生には医師として、長くひかり協会に関わっていただいておりますが、医師になろうと思われた理由をお聞かせください。

郷地 昔、父が戦地で「盲腸」になった時に、若い医者が、父の口にかまぼこ板を噛ませて、麻酔なしで開腹手術をしたそうです。父は、若い医者にこんなことができるのかと感心し、わが子を医者にしたいと考えたそうです。

それで、子どもの私に医者に関わる本を買ってきていました。その中の一冊であるシュヴァイツァーの伝記に感動し、こういう医者になりたいと思いました。

中学生の頃から母親が病弱であったこともあり、神戸大学医学部に入りました。

桑田 いろんな分野の研究をして来られたとお伺いしたのですが。

郷地 最初は精神神経科で高次神経機能障害について学び、次に神経内科に変わりました。その後リハビリ治療が必要と思い、東大の上田敏先生の所で、リハビリテーション医学と「障害の受容」などを学びました。

その中で「死の受容」について学び、東神戸病院でリハ科とホスピスづくりに向かっていきました。当時はがんの末期患者は基幹病院では邪魔者扱いされていたんですね。

 

桑田 ひ素ミルク中毒事件とのかかわりはいつごろからですか。

郷地 それは医学部3年生の時です。阪大の丸山先生の「14年目の訪問」の報告が日本公衆衛生学会あったことが新聞に大きく報道されて知ったのが初めです。それで「神戸大学でもやってください」と衛生学の教授に談判に行ったら、「学術的な研究はもう大阪で終えたから、研究することはない。君がやったらいい」と言われた。

それなら、と学生サークルを作って始めた。ちょうど兵庫でも守る会ができ、委員長の坂本さんの協力を得て現地交渉にも参加し、親御さん達と共に兵庫県本部総会結成にも参加しました。

守る会の街頭行動で、普通のお母さんがマイクを持って、子どものことを訴える姿は、学生運動にはない説得力と迫力があり、感動しました。森永ひ素ミルク中毒事件との関わりは、医学を学ぶ私にとって、どういう医師になるのかを考えるの、ひとつの原点になりました。

 

郷地 調査をまとめるにあたり、中川米造先生(後年ひかり協会理事長に就任)を阪大に訪ねました。いろいろ指導していただき、「丸山先生に会って帰りなさい」と言われました。

丸山先生は、中川先生から私たちの紹介を聞くなり「君ら、神戸大学の学生か!私が神戸大に当時のカルテを見せるように頼んでも拒否してきた。当時の事をひた隠しにしている。君たちはそうした大学で学んでいることを恥と思いなさい」と激しい口調で言われました。

それで、何とかして調べようと決心し、神戸大学病院に保管されている事件当時の入院カルテを見せてもらおうと小児科教授に依頼しに行きました。当初は見せてくれると約束した教授が、2週間後には突然態度が変わり、すごい剣幕で「目的は何だ!」と怒鳴り、見せてくれませんでした。聞くところでは、事件当時の教授が横やりを入れたということでした。

仕方ないので、臨床実習で小児科を回った時に昭和30年当時のカルテを調べ、病状などを写しました。しかし、カルテ庫に侵入したことが知られて教授会で問題にされました。その後は見張り役を付けられることになってしまいました。

運動に出会い、丸山先生に出会い、医師のあり方や倫理観をしっかりと叩き込まれた気がしますね。

 

その後、卒後研修が忙しく守る会にはご無沙汰していましたが、東大リハ部で研修していた時、細川一眞先生(医師で、当時から守る会幹部でありひかり協会理事でもあった)がわざわざ東京までお越しになり、「いよいよ救済活動が始まったから、応援してほしい」とおっしゃった。それから、今度は医師として守る会、ひかり協会事業に関わるようになりました。

桑田 それからずっと今日まで被害者救済の支援をしていただいていますが、一方で被爆者の支援もされていますね。

郷地 実は私は広島出身で、原爆や被爆の問題は身近な問題なのです。

就職してから被爆者の診療に関わるようになりました。当時、兵庫県の被爆者は6千人くらいいらっしゃったのですが、その3分の1くらいの約2千人方々を拝見してきました。被爆者の中には被爆の事をなかなか公には語られない方もあるので、代わりに声を上げるようになりました。特に原爆症認定訴訟では弁護団と一緒に法廷で頑張っています。

ひ素ミルク中毒の被害者支援と被爆者の支援、この2つが私のライフワークです。

放射線の影響もひ素の影響も、この先何が起こるかわからないから、疫学調査などできちんと書き留めておくことが大事だと思っています。

共通するところも多く、どちらもいい運動に参加させてもらったと思っています。

 

桑田 守る会へのエールをお願いします。

郷地 守る会が中心になって取組んでいる協力員活動はすばらしいと思います。日本の少子高齢社会を切り抜ける知恵がそこにあると思います。将来は国民の40%が高齢者になると言われています。お互いが助け合い、見守り合う地域社会をつくらないといけない時代が来る。協力員活動はそれを今から実践している。

60歳を過ぎても働ける人は働き、みんなが何らかの形で社会参加すべきだと思っています。日本のあちらこちらで協力員活動のような取組みが広がればいいと思っています。政府は、守る会の協力員活動も参考にして、少子高齢化を切り抜ける政策を出せばよいと思います。

これまで守る会に参加していなかった人も、仲間として運動に参加することで、これまで一人でかかえてきた苦しみを仲間と分かち合うことができる。そうした心の豊かさ、深さ、信念を守る会は長い間貫いてこられました。

全ての被害者を救済するという理念は、差別のない、温度差のない、勝ち負けのない地域社会づくりに貢献する運動だと確信しています。

 

桑田 今年も様々な活動を活発にやっていこうと思います。今日はありがとうございました。

熱心に守る会への期待を語る郷地秀夫さん
守る会桑田理事長(左)とがっちり握手をする

 

  ひかり協会ホームページもご覧ください

    http://www.hikari-k.or.jp/

 

● 60周年記念冊子(還暦記念誌)500円で頒布中。お申し込みは、06-6371-5304(守る会 平松)まで。どなたにでもお分けします。

 

 

 

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